遅ればせながら、岩城宏之さん、ご冥福をお祈りいたします。
にわかクラシックファンの私は、それほど岩城さんの事を知っているわけではなかったのですが、音楽もののエッセイと黛敏郎作品の録音で、身近に感じている指揮者の一人でした。お顔を拝見したことはなく、エッセイの文体から、なんとなくお若い(50才くらい)イメージがあったので、訃報には驚きました。
NHKでやっていたドキュメンタリー番組では、昨年末に行われたベートーヴェンの全交響曲演奏で、病と老いをいっさい感じさせない姿を見せていました。ものを飲み込む事も、歩く事も意識して体を動かさないとできないが、指揮だけは何も意識しないでできる、という言葉が印象的でした。
ちょっと話は離れますが、ベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽章(いわゆる「歓喜の歌」です)についてのお話が興味深かったです。いわくあの楽章は「お祭り」で「俗的」であり、それがゆえに「世界中でベストセラー」となった、という。深淵なメッセージではなく、誰でも歓喜できるお祭り、それがあの第4楽章の神髄なわけです。これはいわば、深淵だが限られたものにしか悟りが得られない禅宗に対する、俗的で誰でも成仏できる浄土真宗みたいなものです。
これが「有名だし、やたら明るいし、わかりやすいのになんで感動するんだろう」という私の疑問に明確な回答を与えてくれたように思います。
もっといろいろお話をききたかったです。今は、残された演奏と著作から、岩城さんの声を聴こうと思います。