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Column: 調による違い

市販の楽典などの音楽書には、よく調による雰囲気の違いが書かれています。音楽家の言にも多く同様の表現があります。 しかし、平均律になじみ、カラオケでキー(=調)を変える事にも抵抗の無い私には、この違いというのが納得できませんでした。音楽家は、これを当然のこととして語る節がありますが、ここでは、科学的な考察で、調による違いを考えてみたいと思います。

1.音域の違いによるバランスの変化

ある曲を別の調へ移調するには、当然、音を上下させねばなりません。ハ長調をニ長調にするくらいなら、全音しか変わりませんが、ト長調(や、ヘ長調)にする場合は、もっとも変化が大きく、完全4度は変化します。こうなると、聴いた感じが大きく変わります。これにより、調の感じが変わるのは理に適っていますが、これだけなら、ハ長調と嬰ハ長調はかなり近い、ということになってしまいます。音楽書に書かれた調の印象では、ハ長調に似ているのは、主音が近い嬰ハ長調などより、近親調であるト長調・ヘ長調のようなので、これが主たる要因とは言えません。

2.楽器の特性による音色と音程の変化

楽器にはそれぞれ音域があります。音域によって演奏できない音があるので、1.と同じ変化が現れます。また、音域によって音色が大きく変わるので、これによる変化もあります。 さらに、楽器にはそれぞれ基本となる調があります。 特に木管楽器は特徴的で、たとえばフルートはハ長調、クラリネット(B管)は変ロ長調、アルト・サックス(Es管)は変ホ長調が基本です(楽譜でも、これらの調が調号無しで書かれます)。これらの調では指使いもシンプルで、結果、よく響きます。♯や♭が多い調ほど、指使いが複雑になり、響きも複雑になります。

3.音律による音程関係の変化

個人的にはこの説が一番説得力があるように思います。そもそも、カラオケでキーを変えるように、自由に移調できるのは、1オクターブ12音がすべて同じ間隔で並ぶ平均律を採用しているからです。しかし、いまでは常識ともいえる平均律が広く普及したのは19世紀です。それ以前の音律について詳しくは別項にゆずるとして、ここでは調に関わる部分だけ説明します。 平均律以外の音律では、半音の間隔が同じではありません。そのため、調律を変えずに調が変われば、主音と他の音との音程は微妙に異なり、当然、和音の響きも異なります。 平均律以前に広く使われたとされるヴェルクマイスターの調律法は、鍵盤楽器で12の調(旋法で分けると24)を調律を変えずに弾けるよう開発されたものです。詳しくは書きませんが、ハ長調が純正に近く響き、♯や♭が多い調ほど複雑に響きます。これは、音楽書に書かれている調の印象とも合致します。 実際には3.によって作られた多くの曲がまた、それぞれの調の印象を決定づけていったと思われます。鍵盤楽器は平均律に調律されますが(それでも完全に平均律ではない)、管・弦楽器や声は自由に音程をとれますので、それぞれの調にあった(ヴェルクマイスター的な)音程をとるようになっていったのでしょう。