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美術
100年前のカラー写真。
- 2008年1月7日 9:13 PM
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いま、NHK-BS1の「BS世界のドキュメンタリー」で、フランスの大富豪アルベール・カーン氏を取り上げている。
カーン氏は、証券取引で儲けた資金で、カメラマンを世界中に派遣し、72000枚のカラー写真と4000枚のモノクロ写真、100時間に及ぶビデオ映像を残したそうだ。19世紀末から20世紀初頭の話である。
彼は、当時実用化したばかりのカラー写真とビデオで、世界中の、それも主に庶民の文化・生活を記録し、市民に広く知らしめることで、他(多)文化への理解を深めさせ、国際協調を目指したのだ。うーむ、金持ちはこういう金の使い方をしてほしいものだ。
現代の我々が見る過去の映像というのは、ある時点からはモノクロ写真が中心となり、さらに古くなると、絵でしか見ることができない。それらはもちろん、当時の生活をかいま見る貴重な資料だが、自分たちの世界からは隔絶しているようにも感じる。
このドキュメンタリー(の第1回)で、初めて見た100年前のカラー写真は、鮮やかで、そして身近に感じた。いま、我々が生きているこの世界と確かにつながっているのだ、と。
また、上記のような理由で撮られた映像なので、映画やニュース、芸術目的の写真とは異なり、人々の生活が自然に記録されている。これも、この人たちは確かに生きていたのだと思える要因の一つかもしれない。
さらに、そんなこととは関係なく、このカラー写真たちは美しい。被写体も良いが、カメラマンも巧い。そして、当時のカラーフィルムの特性だろうか、灰色がかっているのに、ものすごく鮮やかな色が出ている。懐古趣味でなく、本当に美しい。
このカーン・コレクション。ドキュメンタリーでは長らく人の目に触れなかったと言われてたけど、今はどこかで見られるのだろうか。デジタル化して、ネットで見られるようになれば、カーン氏の思想を体現することにもなると思うのだがどうか。単に私の希望でもあるけど。
食は芸術。文学は・・・?
- 2007年9月16日 10:56 PM
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芸術とは何か、ということは昔から論じられ、不勉強な私は先達の芸術論を全く知らないわけだが、大胆にも言わしてもらおう。食は芸術である、と。
芸術の代表格は美術・音楽・文学だろう。演劇や歌劇、映画などはこれらの複合体と考える。文学はとりあえず置いといて、美術と音楽は、それらが作用する「器官」あるいは「感覚」がはっきりしている。
美術は目を通して視覚に、音楽は耳を通して聴覚に作用する。
その考えでいくと、俗にいう五感のうち残っているのは「味覚」「嗅覚」「触覚」だ。
これらに作用するものというと、当然「食」となる。
料理は味、香り、食感の芸術であるわけだ。
必ずしも生存に必要ない、時代や文化により価値観が大きく異なる、基本的なところで共通している部分がある、などと、音楽・美術などとも共通する事項がある。
もっとも、嗅覚芸術でいえば香水や、線香などのほうがふさわしいかもしれない。
触覚芸術は・・・いままで芸術としては認識されていなかったのかも。パウダービーズが流行したり、肉球写真の本が出たり、エアキャップを模したおもちゃが発売されたりと、サブカルチャーにはいろいろあるかもしれない。
さて、ここまで文学は保留してきた。文学は視覚や聴覚から入るとはいえ、本質はそこにはない(当然、味覚・嗅覚・触覚も無関係ではないが本質ではない)。
芸術が感覚に作用するものである、文学は芸術である、という(勝手な)前提に基づくと、文学が作用する感覚がある、と考えられる。
文学はことばの意味を介する芸術である。語感など聴覚的要素も大きいが、翻訳文学が十分市民権を得ていることを考えると、やはり本質は「意味」であろう。
とすると対応する感覚は、意味を介する「意味覚」ということになろうか。人間の第6の感覚としてはなかなかいいものである、と思う。
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